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先日、ステキなクルージングパーティーにご招待いただいた。


実はそういう機会は得意ではなかった。

一人で参加するので余計に。

だけど、フリーランスだしステキな方々のお誘いだったので行くことにした。


緊張していると、私に話しかけてくださった方々がいた。


その方々は私の父と話をさせてくれた。


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私は父を2006年に亡くしている。

当時私は25歳。

癌だったし、最期は脳梗塞を併発して亡くなる前は嚥下障害にもなり話すことができなかった。


私は父とそっくりだった。

多分性格も、爪の形まで本当に何から何まで。

父の死後、父が常連で通っていた、あたたかいご夫婦が経営するお店に会いに行ったとき、私を見ておふたりは「よく似てる」と泣いてらしたくらい。

でもだからこそ、生前は苦手意識の方が強くて2人でちゃんと向き合う時間は少なかった。


父を亡くしてから今の旦那に会って、結婚した。


だから、父が旦那をどう思っているかなんて想像することしかできないし、

旦那は結婚の挨拶をしに行ったとき、お墓に父に挨拶するのが本当に緊張したと言っていた。

今も「そろそろお墓参り行かないとだね」と私に言ってくれる。


だけど、父がどう思っているかなんてわからないのだ。


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話しかけてくださった方々は父と話すことができる方々だった。

「お父様そこにいらっしゃるんですもん」だなんて、びっくりすることを言ってくれた。


「ノリが良くてポジティブなお父様ですね」と。

私の中で父はダンディなイメージだったから、最初は「ん?」と思った。

でも、そうだった。

みんなが集まったり、きれいな方がいたりすると、はしゃいで寒いオヤジギャグを飛ばしていたんだ。

思い出した。


その方が伝えてくれた父は、

私が父を亡くして感じていた「父の面影」が合っていたことをそのまま伝えてくれた。


もともと少しあった霊感も、父が持っていたことも知った。

今の私に必要なメッセージも、さすが私の父だと思った。


そして、旦那のことも認めてくれていたことも嬉しかった。

その方は「旦那様本当にステキな方ですね!本当にステキ。ちょっとクセがあるけど笑」と。


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きっと、このパーティーに行こうと思わせたのも

父が私とこの方々をつなげてくれて、メッセージを伝えたかったのかもしれない。


そんな風にさえ思えた。


パーティーが終わり、下船した。

旦那から「前の道にいるよ」とLINEが来る。

二次会のお誘いを断って旦那の車を探す。


父がくれたメッセージ。

「楽しみなさい」


私は私。

楽しいことを自分で探す。

二次会の楽しさとも迷ったけれど、

父は旦那との帰り道を選ぶように導いた気がした。



やっと父に話せた。

「生前は仲が良くなかった。だけど今は命がけで“生きることと死ぬこと”を教えてくれた偉大な人」と。


父はとてもうれしそうだったらしい。

ちゃんと話せてよかった。



大切な出会いをありがとう、お父さん。

本当に「見守ってくれて、導いてくれている」安心感と父の愛があたたかくて、しばらく胸がいっぱいだったよ。

 
 

日々のできごとに追われてすっかり後回しにしていたけれど、

久しぶりにこのサイトを整理した。


改めて整理することは、自分のこれまでのことを整理することでもあって、

伝えるべきこと、片付けていいものを全部整理すると、

自然と自分が大事にしたい姿勢が残るような気がした。



少し前、東京都写真美術館で「かもめ食堂」が35mmのフィルム上映していると知り、行ってきた。

絶対好きなのに一度も観たことがなかった。

友だちからも「え!観たことないの?絶対好きなのに!」と何度も言われた。















慣れない恵比寿ガーデンプレイスまで行ったら、かなり早く着いてしまいぶらぶらした。

こういうときに時間ギリギリで行かないようになったのはいつからだろうな。


映画はとても良かった。

本当に良かった。

たしかにどう考えても全てが好きだった。

自分の思い出の、素朴な日本の料理を、その土地にあったステキな食器で出す。

それは自分が大事にしているデザインのルーツにも通じるような気がした。


何より。

年を重ねてくるとだんだん自分のこだわりや好きな世界がわかってくる。

わたしにとって「かもめ食堂」がその世界だったことがとてもうれしい。



映画が終わって外に出ると、

近くで仕事を終えた主人が車で迎えに来てくれていた。

いつもと同じ助手席の時間が、いつもと少し、違う気がした。

 
 

THE CHiPPER WORKSとしてのサイトを作り直す。

それでもやはり「ノート」は残すことにした。


昔お仕事をご一緒させていただいたデザイナーさんがいた。

その方のことを私は「カメレオンデザイナー」とこっそり呼ぶことにしたのだ。


その方はこちらの要望に合わせてデザインの雰囲気をいつも変えてくださった。

理解した上でバージョンアップして提案してくださった。

そして、仕事も早かった。


デザイナーには様々な形のデザイナーがいる。

「この人はこのデザインだ」というイメージのほうがきっと「デザイナーらしい」イメージかもしれない。


私はTHE CHiPPER WORKSを続ける上で「カメレオンであること」を大切にしたい。



 
 
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